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頬に唇が触れるのを感じて、私は彼を突き離した。
彼は不思議そうに私を見た。
「どうして?……嫌じゃないでしょ?」
「なんでそう思うの」
「俺だって嫌がる人にこんなことしようと思いません。……分かりますよ」
「ごめん。……やっぱり帰る」
彼はもう何も言わず、外に出ると煙るような静かな雨が降っていた。
それから、彼は担当の引き継ぎや何かで忙しくて、見かけても常に誰かと話しているような状態で、二人で話す機会もなく時間は過ぎて、最後の出勤日になった。
石田は、なぜか機嫌が悪かった。
「綾瀬さん。このエクセル、計算違ってます」
「あ……ごめん」
「こんな簡単なミス珍しいですね。気持ちがどっか行ってるからじゃないですか」
「……かも、知んないけど……」
辞めるならだいたい夕方に各課に挨拶回りに来るけど、異動はそういうのは無い。
知らない間に、居なくなる。
「綾瀬さんが、そこまでこじらせてる人だとは思いませんでした」
ぽつりと石田が言った。
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