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「帰りはもう道分かるから大丈夫。忙しいだろうからここでいいよ」  靴を履きながら言うと 「分かりました」 と背中で声がした。 「……それじゃ、気を付けて」 「うん。……」  ドアノブに手を掛けようとして、それを引っ込めて私は彼を振り返った。 「あのさ」 「はい」 「学生の時から今まで、そこまで一生懸命あたし口説いてくれた人なんか居なかったから。……ありがと。嬉しかっ」  ぼすっ、と顔に何か当たった。例えるならクッションでも投げられた感じだけど、そんなわけはない。  大きな体にしっかり抱きすくめられた私に、体温が伝わってくる。甘い石鹸の匂いがする。  溜息混じりの声が、頭の上から降ってくる。 「……それはさ、反則でしょ。あれだけ完璧に振っといて。せっかく人が諦めようとしてたのに」  距離がもどかしいのか、彼は体を屈めて、頬を触れ合わせるように私を抱く。 「きつくない?その姿勢」   「全然。……だって前からこうしたかったし」
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