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「は?悪いけど、石田に言われたく」
「私だって分かりますよ。彼、ここに入社してきた頃、なにかっていうと綾瀬さんのとこ来てたじゃないですか。気を遣って席外したこと私何度もありますよ。知らなかったんですか?」
「……だって、……入ったばっかだから、質問多くて当然だと思うし」
「そうだけど、経理なら誰に聞いても分かることでも、彼は必ず綾瀬さんに聞いてました」
「聞きやすかったんじゃない?」
「……綾瀬さんが一時期営業の女の子たちに悪く言われたのも、それだけ彼がここに通ってたからです。そんなことも分かってなかったんですか……。別に私が個人的に彼をどうこうってことじゃなく、ホントにこの子綾瀬さんが好きなんだろうなって近くで見てて分かったから……同情しますよ。彼には」
その日も、雨だった。夜の水溜まりは街の明かりを映す。コンビニの看板。飲食店。赤黄緑青、無機質なLED。それを踏みながら歩く。
帰り際に営業部を覗いたけれど彼の姿は無く、綺麗に片付いたデスクがあるだけだった。
パラパラと雨は傘を叩いて、通り過ぎる人の顔はやっぱり見えない。私の傘は低過ぎて。
……そう思っていたけど、あのアパートの一件以来、違うのじゃないかと思えてきた。
私には、見えないから。
そう思っておけば、自分が傷つかないから。すれ違って無視しても、背が低いから見えなかった、で済むから。……それで色んなことから逃げてきたんじゃないだろうか。
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