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その男は突然声をかけてきた。
あの、とか、すみません、とか何の前ふりもなく、こう言った。
「おねえさん、小説家かなんかなの?」
その瞬間ビックリさが肩を持ち上げた。ぽかんと口を開けたまま顔をあげると、
またしてもなんの断りもなく、男は私の前に座った。
私のバッグが置いてある、向かい側の椅子にドサッと体をあずけて座る。
ちょっと!バッグがつぶれちゃう!
頭の中ではそう叫んでいるのに実際には声が出なかった。
相手には私の感じているストレスは全く伝わってないようで、
ニコニコと笑顔をつくって私を見ている。
「ほら、いつもそうやってなんか書いてるじゃん」男はあごでピンクの手帳をさす。
テーブルの上にひろげられた、掌よりも少し大きい、ピンク地に細かい花柄の、
100円ショップで買った手帳。
その横にはこれまたピンクのボールペンと、幅の細い眼鏡。
確かに・・私は毎朝出勤前にこのカフェで、コーヒーをすすりながら小説を書いている。
でも彼の言うような小説家、ではない。
物書きになれたらいいな、と夢を見ている、普通の女だ。
少々歳もいっている普通の女。
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