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「さて、僕らも帰ろう。遅くなってしまったな」
「うん」
智哉さんは折り畳み傘を開いて持つと、片方の手で私の肩を抱いた。ビジネスバッグは斜め掛けにして、外側へ出す。
「智哉さん、バッグが濡れてしまうわ」
「構わない」
私が雨に濡れないよう、ぎゅっと抱き寄せた。密着した体勢に、思わずときめいてしまう。
「どうかした?」
「う、ううん、別に」
歩道に出て歩き始めると、急に体温が上がった。
彼の熱を感じる。汗ばむ素肌が何だか恥ずかしい。変なことを考えそうになり何となくうつむいてしまう私を、智哉さんが覗き込んだ。
「傘を忘れたのは、もしかして作戦かな」
「ええっ?」
こんな体勢で、耳元で囁くなんて反則だ。しかも雑念を見透かされたみたいで、頬が熱くなる。
「ち、違います。本当にうっかりしてたの」
思わずむきになると、彼はますます強く私を抱き寄せた。すれ違う人の目も気にせず、涼しげに微笑んでいる。
この人には敵わない。
私はされるがまま、彼のリードで大人しく歩いた。
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