冬の七夕

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 気になったのは小さな女の子が教室の隅で一人静かに座っていたからだ。記憶に薄い顔だから低学年に間違いないだろう。そっと覗き込んだが、しかしそこには真っさらなままの短冊があるだけだった。 「何を書いてるの?」 「おねがい」 「何も書いてないじゃない」 それは、と小さな女の子は口籠る。何やらもごもごと言いかけたがそのまま黙り込んでしまった。 「難しい事?」 ううん、と女の子は首を振った。名前はガブリエラというらしい。あだ名はガビだそうだ。しばし机を挟んで無言の時間が続いた。僕は子供にどの程度触れていいものかが分からない。 「あのね、あのね・・・」 ようやく口を開いてくれた少女のリズムに合わせて意味もない相槌を打つ。 「せんせえ、おねがいって本当にほんとうになるのかなあ」 「ええと、うん。そうだよ。きっと本当になるよ」 「本当?何でもほんとうになる?」 「うん、う~ん?・・うん。まあ、きっと本当になるよ」 てっきり勉強か友達の事だと思ってしまったのだ。そんなものは努力で何とでもなるだろう。しかし、ガビは言った。 「お父さんに会いたい」 え?何て言った? 「良かった。ありがとう!先生」 自分なりに安心したのか、ガビはさらさらと短冊に願いを書きつけていく。綺麗なピンクの短冊である。 『お父さんに会いたい』 『お父さんとお母さんが仲よくする』 『お父さんとお母さんと弟と私でご飯を食べる』 ガビはどんどんと短冊を増やしていく。ピンクにオレンジに赤。もう一枚、全部で四枚の短冊を持っていた。
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