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昔付き合っていた人のことを、ふと思い出すのはどういう時だろう。
雨足が強くなって、避難するように飛び込んだ喫茶店は、意外に水玖の好みに合った。静かに流れるジャズの音色は物悲しく、年季の入った木のテーブルはどっしりと落ち着いている。忙しなく流れる時間から切り離されたように、ゆっくりとした時が流れている。
ハンカチで濡れた上着を軽く拭って、奥のテーブル席に向かう。窓がないところも、現世と空間が切り離されているように感じる原因だろうか。
「いらっしゃいませ、何に致しましょう」
年配のマスターが、お冷とおしぼりをそっと出しながら尋ねる。低い渋い声である。
「ホットコーヒーで」
水玖はカウンターに並んだサイフォンにちらりと目をやりながら、注文する。サイフォンを扱う喫茶店は少なくなった。常々残念だと思っていたので、思わぬ発見に少し心が躍る。
広くもなく、狭くもなくといった空間にはところどころに観葉植物が置かれ、自然とパーテーションの役割をしており、客は思い思いの時間を楽しんでいる。時々、ぱらりと新聞が捲られる音がジャズに交って聞こえる。
喫茶店巡りは水玖の趣味でもあるが、最近は昔ながらの喫茶店はなくなるばかりで、ファミレスのようなチェーン店が“喫茶店”と看板を挙げてのさばっていることに不満を感じている。もっとも「巡り」と言っても、お気に入りの喫茶店を見つけたら、そこばかり通い詰めるのが、水玖にとっての喫茶店巡りであるが。
水玖が喫茶店巡りをするようになったのは、もう5年も前のことだ。
こんな素敵なお店を見つけられることがあるから、その趣味自体は自分でも悪くないと思っている。けれど、始めた理由が始めた理由だけに、それを思い出すと痛みが伴う。そう、もう5年も経っているのに。
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