たった一杯分の時間

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 嫌な予感がする。  冷静なそぶりで、冷静に対応しようとするのに、頭はさっと血の気が引いたように真っ白になる。まさか、まさかいくらなんでも…… そう思うのに、はっきりと否定することができない。  友達を信用したい。彼を信用したい。  だけど心の底から信用することができない。 「それで、どうしたの」  聞きたくないのに、聞かなければいられない。聞いたからと言ってどうにもできないのは分かっているのに、それでもやっぱり聞いてしまう。 「いや、別にどうもないけど……」  普段、歯切れのいい人間がすこぶる歯切れが悪くなると、それだけでもう疑って下さいと言っているようなものだ。 おおよその見当はついているのに、それでも答えを聞かないといてられないのは人間の(さが)だろうか。止めておけばいいのに、頭の中では盛大な警告音が鳴っているのに、それでも水玖は先を促した。 「怒るなよ」  彼は一つ前置きをして…… つまり水玖が怒るような話なのだともやもやっと考えていることに気付きもせずに、何事もなかったかのように、悪びれもせずに続ける。 「可哀想だから、一緒に泊まった」  それを言われている水玖は可哀想ではないのだろうか。  つと、場違いなことが頭をよぎった。なんて滑稽なのだろう。 「怒るなよ、何もないから」  怒る気にもならない。喚く気にもならない。何故と問い詰めることも。こんなことを言われても、それでもただ嫌いになれない、嫌いになれないどころかまだ好きなのだと、何よりも去って行かれることが怖いのだと、心の奥底で自分が叫んでいる。  ただ黙ってなかったことにしよう。  そうすること以外に、彼が去らない方法を思いつかなかった。それほどまでに好きなのだろうかと自分に問いかけても、それほどにまで好きなのだと暗示をかける。本当のところは、自分でもわからない。ただただ、自分が道化師(ピエロ)を演じるだけのことだ。
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