たった一杯分の時間

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 何か違う返事を期待したのかもしれない。  もしかしたらどうしようもない別の理由があったのかもしれない。  藁にも縋る思いで、友達と話をしようと思ったのは、単にそのことを認めたくなかったのと、はっきり否定してほしかったからであろう。  呼び出しに素直に応じてくれた友達が、普通に笑ってそんなことあるわけがない、と言ってくれることを期待した。 「あの日、終電なくなったらしいけど、結局どうしたの? 帰れたの?」 「何、今頃。 随分前のことを聞くのね」 「……うん、ちょっと彼からその話聞いて…… 知らなかったから、今更だけど大丈夫だったのかなと思って」  はっきり聞けないのは、自分が疑っていることに後ろめたさを感じるから。疑ったことに傷ついたって言われて、自分が傷つくのが怖いから。 「ふーん、あの時ね。 彼から聞いたのだったら知らない? どうしようかと思ったけど、一緒に泊まってくれたから大丈夫だったよ」  澱みなく答える彼女に、水玖は耳を疑った。  少しでも悪いなと思って欲しかった。少しは焦って欲しかった。それなのに、彼女は何の気もなしにただ事実を告げる。 「……悪いなとかないの」  冷静でいようと思うのに、声が震える。 「ごめんごめん、でもあんたがきちんと捕まえておかないのも悪くない? 別に誰のものって訳でもないでしょう?」  カッとなった。無性に腹が立った。 「人の彼氏に手を出すって、どういう神経してるわけっ? サイテー」  それが引き金だった。お互いが引けないところまで言い合いをした。そこがお店だってことも、他の人に迷惑が掛かっているって言うことも何も目に入ってこなかった。  売り言葉に買い言葉、どこかで冷静になれって思っているはずなのに罵り合う。  赤の他人から見ればどっちもどっちの茶番劇。それは、今だから思えること。水玖は友達と滑稽なほど真剣にやり合った。 「今後一切、あんたとは付き合わないからっ」
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