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最後の一口が喉を流れて行く。
なんて醜い愁嘆場だったのだろう。あの時失くしたものは、いまだに失ったまま。もう戻ってくることもなければ、まして自分から我武者羅に取り戻したいと思うわけでもない。それどころか、失くしたものは失くしたままでいいと思っている。
ただ、雨が降ると過去が蘇ってくるだけ。たったそれだけのこと。
水玖は、あの時、悲劇のヒロインに酔っていた。見て、自分はなんて可哀想なの、こんなに可哀想な人はいないでしょう、と恥ずかし気もなくアピールした。
滑稽な道化師は、観客が苦笑している事にも気付かない。なんて愚かで馬鹿な道化師。
友達の彼氏と分かっていて取った方も悪い。彼女の友達だと分かっていて流された方も悪い。だけど、取られたと馬鹿みたいに騒ぐ自分が一番悪い。誰もいなくなった舞台の上で、一番自分が惨めだと理解した時、既に周りは興味を失くしている。もう誰も気に留めない。そうなって初めて、ああ、なんて馬鹿なことをしたのだろうと気付く。
雨は止んでいるだろうか。
水玖は、伝票を掴んで立上った。
「ごちそうさまでした」
カランと軽やかな音と共にドアを開ければ、薄らと晴れ間が見えていた。
過去のことなんて、それこそ雨で流れてしまえばいい。コーヒー一杯飲んで、リセットしてまた進んでいけばいい。
「マスター、又来ます」
「お待ちしています」
彼よりももう少し深みのある声が届く。傘を一振りし、水玖はまっすぐ背筋を伸ばして歩き始めた。
終
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