第二章 消えた麗人

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「で、話を戻すけど、北川夫妻が住んでいたこの屋敷に僕が下宿するきっかけになったのが泡影だったんだ。大学のゼミの教授が茂田さんの古くからの知り合いで、僕が卒論で泡影を扱うと言ったら、茂田さんに紹介してくれたんだ。それで僕は在学中からずっとここに住みついているというわけ」 「そうだったんですか。……でも、北川夫妻と泡影が、どう繋がるんです」  馨は我が意を得たり、といった顔で笑みを見せた。 「実は、北川とその妻淑子、そして泡影の三人は、三角関係だったんじゃないかと一部では噂されていたらしい」 「え、」  次々と飛び出す意外な話に、槇田は目を瞠る。  「実際、泡影がこの北川邸を密かに訪れているのを、知人などが何度か目撃しているらしい。その逆もしかりだ。泡影は駒込のアパートで独り暮らしをしていたんだが、そこに北川らしき男が訪ねてくるのを見たという証言もあるんだ」  そう言って、馨はまた別の本を広げた。 「これは北川が、友人で画家の犀川(さいかわ)洋治(ようじ)に宛てた手紙なんだが、面白いことが書いてある」  槇田は示されたページに目を落とした。 『あの二人は相当馬が合はないと見えて、初めて引き合はせた時から何やら随分と険悪な様子だつたのです。家内は水澤君を厚化粧のお化けだなんだと言ひ、水澤君も水澤君で家内を、世間知らずの深窓のご令嬢とやり返したもんだから、あわや取つ組み合ひの大ゲンカになるところでした。そんなやうな具合ですから、もうなるべく逢はせないやうにしてゐるのです。』 「……なんか、壮絶ですね」  槇田がぼそりと言うと、馨は小さく笑った。  槇田はこの北川の話になんとなく違和感を覚えたが、それが何なのかは判らなかった。
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