第二章 消えた麗人

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「淑子は読書家ではあったが、徹底して泡影の作品を避けていたという話もある」 「へえ」 「でも結局、三角関係の真偽は判らないままだったらしい。泡影が行方不明になった翌年に夫婦は別居して、それから数年後に淑子は自殺してしまった」 「自殺――? どうして」 「重度のノイローゼだったみたいだ。別居後も北川は、よく淑子の住まいを訪ねて面倒を見ていたらしい。淑子が死んだのは、この屋敷に来ていた時で、その時に泡影の『藏』が傍に置いてあったという使用人の証言から、三角関係のもつれで、淑子が泡影を殺したんじゃないかって噂が拡がったらしい」  「じゃあ、淑子は罪悪感から自殺をしたんですか」 「それは判らない。淑子が何故自殺したのか、何故泡影が姿を消したのか、本当に殺されたのか、その後も生きていたのか、結局ほんとのところは誰にも、何も判らなかったんだ」 「北川は? 彼も何も知らなかったんですか」 「彼は二人について一切コメントしていない。もしかしたら何かを知っていたのかもしれないけど、死ぬまで何も語らなかったようだ」  話し疲れたように、馨が眼鏡を外して目頭を押さえた。 「なあ、今度、僕にも朗読してくれないか」  俯いたまま、唐突に馨が言った。 「え…、なんですか急に」 「この頃、よく眠れなくてさ。おまえの声、好きなんだ。聞いてたら眠れるかもしれない」  ドクン、と心臓が鳴り、槇田は一瞬言葉を失った。  だが顔をあげた馨の顔が、何故だか少し不安そうに見えて、槇田は少しためらったあと、いいですよ、と頷いていた。
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