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急な坂を上った先にあるそのコミュニティーセンターを訪れるのは初めてだった。
午後三時半。槇田の朗読会はすでに始まっているはずだった。
受付で朗読者の友人だと言うと、見学を許された。三階建ての建物の二階に多目的ルームがあり、そこで定期的に、視覚障害者のための朗読会が行われているらしい。
朗読はボランティアグループのメンバーによるもので、槇田も大学一年の頃から参加していると言っていた。興味があれば聴きに来てくださいと言われていたのだが、なんとなく臆する気持ちが勝って今日まで訪れたことはなかった。
けれど、ここ数日、泡影たちに関する話をしているうちに、槇田の呑み込みの良さや、柔軟な思考力といったものを感じ、もっと彼の世界を覗いてみたいという欲求が抑えられなくなっていたのだ。
静かに扉を開くと、低く滑らかな声が聞こえて来る。槇田が部屋の中央でこちらに背を向けて朗読しているのが見えた。すぐ傍に立っていたスタッフらしき中年の女性と目が合って、小さく頭を下げた。
「彼の知り合いで、ちょっと見学を」
槇田の背中を指して小声で言うと、女性はにこやかに笑って、どうぞ、と促してくれたので、馨はホッとして、猫のようにドアの内側に身を滑りこませた。
学校の教室より一回り小さいくらいの、さして広くはない簡素な部屋だ。
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