第一章 はじまりの夜

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 白鳥館(しらとりかん)は東京都文京区本郷にある、明治後期に建てられた木造三階建ての小ぢんまりとした洋館だ。  関東大震災や東京大空襲などの被害を奇跡的に免れた貴重な建築物でもある。  長く個人の邸宅として使用されてきたそうだが、昭和の半ば頃からは、学生や社会人向けの下宿として利用されるようになったらしい。  現在の大家でこの洋館の一階に住んでいる茂田は、祖父の代からこの館を所有しており、今ではここの管理人も務めていた。  これまでに何度か改装やメンテナンスを行ったそうだが、その外観も館内もレトロな趣を失ってはいない。その名の通り白を基調とした外観は、緑に囲まれて清潔感のある佇まいだ。  館内は全体的に天井が高く、独特の艶を放つ床や階段、凝った意匠が施された扉や家具、柔らかな光を取り込む大きな窓など、明らかに玄関の内と外とでは、時代が違うと感じられる。  一階は茂田の居住空間と、住人が共用するダイニングルーム、来客時の応接室などがあった。  槇田が一番驚いたのは、玄関ホールに「電話室」なるものがあったことだ。木製の、いわゆる電話ボックスなのだが、黄ばんだ磨り硝子が嵌められた扉の向こうには、大柄な槇田が入るには少々窮屈な空間があり、今時珍しい黒電話が設置されている。もちろん通話可能だ。  皆携帯を所持しているのであまり出番はないが、茂田は自宅の電話としてよく利用しているらしい。  二階は下宿人のフロアで、部屋は五室あるが、現在住んでいるのは三名だけだ。風呂、トイレは共用である。三人だけなのでさほど不自由はなかった。  そして一、二階よりも床面積の狭い三階には、二間続きの客間と小ぢんまりとしたサロン、そして先ほどの図書室がある。  
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