第一章 はじまりの夜

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 食事が終わると、槇田は馨と示し合わせたように三階のバルコニーへと向かった。食後の一服のためだ。それは槇田がこの下宿に住むようになった当初からの、習慣のようなものだった。他に喫煙者はいないので、自然とそこは二人だけの憩いの場となっていた。   階段を昇り切ると、右手が館の正面方向となり、その先にバルコニーがある。  両開きの硝子扉を開けると、清々しくも、ぶるりと身を震わせる春の夜風が二人を迎えた。四月に入ったとはいえ、夜はまだまだ冷える。  優に十人は立てる空間の左右に灰皿が一脚ずつ置いてあり、大抵二人はその右側の灰皿だけを使う。その方が掃除がラクだからだ。 「あ」  槇田が小さく声を出すと、既に煙草に火を点け、一息目を吐き出していた馨が槇田を見た。 「火、貸してください」 「ああ」  槇田が煙草をくわえると、馨はライターをカチリと鳴らして火を差し出した。風をよけるように両手で馨の手を包むようにすると、一瞬ぴくりと馨の手が揺れたのが判った。 「ありがとうございます」  それに気付かないふりで槇田が言うと、馨は無言でライターをカーディガンのポケットにしまう。  彼はいつも薄着だが、今日の格好は特に寒そうで、槇田はくわえ煙草にすると、自分の厚手のパーカーを脱いで、細い肩に被せるようにして掛けてやった。上背も身幅もかなり違うので、なんだか服に着られているみたいで、可愛らしく見える。 「……おまえ、モテるだろ」 「別に。そんなことないですよ」  ウソだな、と小さく笑って、馨は暗い足元に目を遣った。
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