第二章 消えた麗人

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 十五畳ほどの広さの図書室は、南側と西側の壁に、天井まで届く書架があって、古今東西の書籍がびっしりと並んでいる。  東側には外開きの大きな窓が二つあり、北側にもバルコニーに面した窓があった。  中央には大きな丸いテーブルが置かれ、北東の角にも、がっしりとしたデスクが置かれている。先ほど馨がうたた寝をしていた机だ。  馨は書架から数冊の本や文芸雑誌を抜き出し、テーブルの上に置いた。いずれも水澤泡影に関するものらしい。あまりの手際の良さに少し驚いて、槇田は馨を見た。 「今の仕事に関係があるんですか」  馨はフリーの映像翻訳家だ。だがその仕事と泡影とが結びつかない。 「いや。卒論のテーマが、海外で翻訳された日本文学が、文化的背景や時代的背景でどんな影響を受けていたか、みたいな内容だったんだ」  馨は『水澤泡影 文芸読本』と書かれた一冊を手に取りつつ、椅子に座った。槇田もその向かいに腰を下ろす。  「その例として多用したのが泡影で、今でも時々読み返してる。単に彼女の文章が好みってのもあるけど」 「そうだったんですか」  馨は今年二十八だと言っていたから、槇田の六歳年上だ。  槇田が通うのは、馨の出身大学とは別の大学だ。同じ大学だったとしても、年齢も学部も違うのでキャンパスで出逢うことはまずなかっただろうが、馨が過ごした日々を追体験することは出来たかもしれない。  馨の大学時代はどんなだっただろうかと、ふと想像する。そして多分、今とあまり変わらないんじゃないかと思った。それは年齢不詳な容姿だけではなく、どこか厭世的な佇まいだとか、そのくせどこか人恋しそうな目だとか、そういうものを含めてのことだ。
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