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ぼくは百貨店に向かって歩き出した。足元に何か違和感が。屈み込んで足と革靴の隙間に手を入れると、なんと5円玉が挟まっていた。あれ? あっ、おじいちゃんの。お礼にしては、少な! 笑えない冗談を独りごちながら、5円玉を背広のポケットに入れた。
百貨店に入ってエレベーターの前まで来た。けっこう長い列。しばらく待ってエレベーターが来た。列が動き出して順番が来たので、勇んで乗り込もうとすると、ただいま満員ですので、次のエレベーターをご利用くださいませときた。くそっ、おじいちゃんの一件がなかったら、いまごろレストラン街にいるはずなのに! ぼくは心の中で舌打ちをした。今日は本当についとらん!
やっとこさ次のに乗り込んだ。奥へ行ったら揉みくちゃにされそうだったので、ぼくは扉の横の昇降ボタンの前に陣取った。ほぼ各階通過で、子供服売り場がある階で止まって扉が開いた。抱っこ紐で赤ちゃんを抱き、小さな女の子と手をつないだ、ちょっと太り気味のおかあさんが、疲れたような顔をして立っていた。そして、誰が見ても満員とわかるはずなのに、果敢にもエレベーターに乗り込もうとした。途端に満員を知らせる非情なチャイムの連打! 仕方なしにおかあさんは、元の場所に引き返した。
箱の中の何人かは、きっと今日いい事があって、何人かは辛い事があって、何人かは誰かを傷つけ、何人かは誰かに傷つけられ、でもきっとみんなが腹ぺこで、誰ひとりその場を動こうとしなかった。ただひとりを除いて。
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