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「そんなところまで測るんですね」
恥ずかし気に彼女は言います。
「ワイシャツですと必要になりますね」
「……丁寧なお仕事ですね」
「はい」
私は鏡越しに彼女を見て応えました。
「そう判って下さると、皆さまいいお顔をされます。だから私はいつも気が抜けないのです」
彼女は静かに頷きました。
その時には、彼女はしっかり顔を上げていました。
「──私、自分の事で手一杯でした」
まっすぐ、鏡の中の自分のお顔を見ながらおっしゃいました。
「だから何か言われても否定的に取っていました、でも全部が全部、そうではなかったです」
私は頷きます。
「皆さん、私の事を思ってくれていたのかも。なにより楽しい気持ちを忘れてました、本を手にした時のワクワクする気持ちを」
先程までの弱気な彼女ではありません、前を向いて歩き出そうとしています。それは煌めく瞳から判りました。
「もう少し、いえ、いっぱい頑張ります。もう駄目ってなったら、またこちらにお邪魔してもいいですか?」
「もちろんです」
私はメジャーをまとめながら答えました。
「お話をしましょう。そしてまた採寸して差し上げますね」
「ふふ、成長の記録ね。横方向に大きくならないように気を付けないと」
「そうですね、成長の記録です、心のですよ。そしていつか、あなたの服を作れるようにとの覚書に」
言うと、彼女はとても晴れやかな笑みを見せてくれました。
正しく雨雲の切れ目から差す太陽のようです。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
私は聞きました。
「木本と申します」
明るい声で答えてくださいました。
そのお名前を、採寸をメモしたカードに書き込みます。
採寸が終わった頃には雨は上がり、薄日が差していました。
彼女は何度もお礼を述べて店を後にします。
来た時とは違い、背筋をぴんと伸ばし、颯爽とした姿は立派なキャリアウーマンに見えました。
雨の日の迷子は、ご自分を再発見できたのでしょう。
いつか、そう遠くない未来に。あなたに最高の一着をプレゼントできそうですね。
終
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