黒鬼と派遣社員

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「……え?何これ…………。渉さん……鈴さんって……こんな事出来たの?」 「…………いや、知らない……。……一体これは何だ……何が起こってるんだ?」  綺麗に整列し(かしず)く野生動物の群れを目の当たりにし、これが本当に鈴のやっている事なのかどうか……現実感を覚える事の出来ない二人。  弱肉強食の世界の中で、この状況はちょっとした奇跡。  狙い狙われる者達が他を気にする素振りも無く、唯々鈴の……絶対的強者の元に馳せ参じたのだ。 「さて。ようやっと姿を見せてくれたねぇ、覚」  見れば、獣の中でも一際目立つ黒い毛むくじゃらの大猿は、立ち尽くしたままがたがたと身体中を震わせていた。  本能が恐怖を全身に伝えている。  見据える鈴の妖艶な眼差しは、自分に対しての死刑宣告なのだと。 「人真似は出来ても、謝罪や言い訳の言葉は持ち合わせちゃいないようだからねぇ……このまま閻魔様の元へと連れて行っちまいますね」 「“だ……だか……ら…………。……い、いま……す……ね…………”」 「……やれやれ。これ以上付き合っちゃあいられないねぇ。妖魔に堕ちて心を読めるようになっても、口の達者ぶりは随分な体たらく。……はっきり言って不快でござんす」  実際、鸚鵡返ししか出来ない妖魔の覚。  堕ちる前は人を騙す程の会話力を有していたのが……死霊を手下とし、騙す必要無く獲物を狩れるようになった為に、生来から持ち合わせていた訳ではない後付けの会話力は前頭葉から削除されゆくのも早かった。 「勿論、同情するべき点もありんす。ですが……まぁ今更出来る事はわっちにもぬしさんにもありゃしんせん。大人しく地獄で沙汰を待っておくんなまし」 「?」  松岡には鈴が覚のどこに同情を寄せているのか分からなかった。  むしろ今、まるで親が子供を叱るような妖気ながらも、内実はそれ程生易しいものではなく……これから自分を待つ運命を悟り縮こまって震えの止まらない様子の覚を松岡は不憫に思った。  しかし鈴はそんな松岡の思惑など特に気にする素振りも見せず、宙に向けて使いの者の名を呼んだ。 「千那ぁ?」  すると5秒も経たない内に人一人分の切れ目が空中に出来、勢いよく鈴と同じ猫又の千那が飛び出してきた。
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