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鈴がきょとんと目を見開く。
そして覚の嗄れ声が発した一言を聞いて素っ頓狂な声を上げたのは他の3名。
手を引いていた千那が鳥肌を立てながら振り返ると、松岡は覚の真っ黒な猿姿から放たれた今時の若者が使いそうな台詞とその内容のギャップに驚き……英太は青くなっているのか赤くなっているのか分からない顔色で取り乱した。
「……おやまぁ。どうやら覚に心の内を読まれちまったようでござんすぇ、英太」
にこりと優しく微笑む鈴に、英太は茹で蛸のように耳まで真っ赤に染まり上がった。
松岡は英太に深く同情する。
松岡自身は鈴にそういった感情は持てないが、確かに思春期真っ盛りの中2男子にとって、鈴の妖しさと美しさは毒以外の何物でも無いだろう。
鈴が人間に化けた時の花魁姿は現代にまるっきりそぐわないものではあったが、それを帳消しにして余り有る程の魅力を、人間では到底出し得ない魔性を鈴はその身から放散している。
なので英太に限らず、妖に免疫の無い者ならば、媚薬を嗅いだ如くに骨抜きになって当然だった。
「……あ、んじゃ、済まないが千那。そいつをよろしく頼む」
「…………うう……何か気持ち悪いんですけど……。あ!あと別に渉さんに頼まれるつもりはありませんので!私は鈴姐さんのお力に成れればそれでいいんです!」
「……あ、そう……別にいいけど…………。ほら、鈴はさっさと猫に戻れよ。英太が可哀相だろ」
「つれない事を仰有いますねぇ、渉。まぁ片は付いたんで良うござんすが。それじゃ頼んだよ、千那」
「はい!お任せ下さい!姐さん!」
「……………………」
するすると毛艶の良い三毛猫姿へと戻っていく鈴に対し、敬礼をしながら嬉しそうに彼岸へと渡っていく千那……と覚。
何か釈然としないものを感じている松岡であったが、ふと気付いた事を肩に跳び乗ってきた鈴に尋ねる。
「そういえば、契約上での“世渡り”は認められているけど……契約外での彼岸と此岸の行き来は違反じゃなかったか?千那は契約外だろ?」
「ん?ああ……そういえばそんな決まりもござんしたねぇ。まぁたいした事じゃあござんせんよ」
「…………お前な………………」
質問をしれっと流した鈴の澄まし顔を見て、松岡は辟易すると共に、どっとこれまでの疲れが襲ってきたように感じた。
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