黒鬼と派遣社員

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「…………へ?」 「……人の所為って…………?」  松岡と英太は一瞬言葉を失った。  一体妖(あやかし)の事情と人間との間にどんな関係が有るというのか。  鈴は歩く松岡の肩に乗ったまま、感情の籠もらない目で前を向いている。 「ちょ、ちょっと待てよ。妖魔ってのは己の欲望に抗いきれずに身を堕とした妖の事だろ?それが何で……」 「……そうさねぇ。では逆に訊かせてくんなまし、渉。渉は腹が減ったら飯を食いたいと思いやしんせんか?」 「あ?ああ、そりゃあな……」 「では冬の寒さ厳しい夜に、暖かい家に帰って愛する者に迎えられ、風呂に入ってぐっすり休みたいとは?」 「…………思うけど……」 「人はそれを欲望とは呼びませんでしたかねぇ?」 「……………………」  食欲や睡眠欲、人恋しさなどは、それが煩悩であろうが本能であろうが、全て欲求、欲望である。  極論を言えば、生命維持の為に人体機能の活動を保つ事さえ“生きたい”という欲望なのだ。 「例えこの世であろうが、あの世であろうが、“狭間”であろうが……宇宙に飛んでいっている訳では無いのでござんすよ。全てはこの星の中での世界でありんす。その星を人間達が占領し、妖の主立った住処である森を削り、川を汚し、沼を埋め立て、空気を悪くしている。まぁあの世は全くの別世界ですので良ぅござんすが、狭間はこの世と空間を共有する妖達の居場所。住みづらくなっちまった……若しくは住処を追い出されちまった妖がどうなるか……推し量るのは容易でござんしょ?」  理不尽な環境の変化。  それによって被るストレスの大きさは想像に難くない。  しかも場合によってはその変化に付いていけず、衰退していく種族もあるだろう。  松岡は思い出した。  先日の河童の妖魔を。  彼らは本来なら綺麗な水でなければ生きていけない妖。  それなのにあんな(ごみ)や油の浮いたダム湖に集団で暮らしている。  元々どこに居たのかは知らないが、何か事情がなければあんな場所に居着く事は無いだろう。  河童の妖魔達のあの強さは彼らの怒りや嘆きであったのではないか……そう考えた時、松岡の足が止まった。
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