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「おお!渉!帰りおったか!山南から何度も電話があったぞ!」
家の前に停まった黒色の軽自動車を見て、縁側で爪を切っていた信愛が声を張り上げた。
「……………………」
しかしそんな信愛の声に反応を示さぬまま、松岡はさっさと玄関に向かう。
「渉ぅ!返事ぐらいせんかぁ!」
挨拶は礼儀。
親しき仲にも礼儀あり。
礼を欠いては例え家族であろうとも人間関係が成り立たない。
そう考えている信愛は松岡の後ろ姿へ叱声を浴びせた。
その後から鈴が特に何も気にしていないようにしゃなりしゃなりと中に入って行き、更に黒鬼が「あ~、腹減ったぁ」と付いて行った。
信愛は最後に車から出て来た、困った雰囲気を全開にしている英太に声を掛けた。
「おおっ、英太君。どうやら無事に帰って来られたようじゃな」
にっこりと笑う信愛に、英太は「あ、はい!おかげさまで……」と返す。
しかしその顔は労いの言葉を掛けてくれる信愛の表情と対照的。
心配事を抱えているのが丸分かりの英太に対し、信愛は尋ねる。
「どうかしたかの?」
目の前の、前髪の生え際が少々後退し始めた初老の落ち着いた声色に、英太は肩の力が少し抜けたのを感じた。
そして話し出す。
『鎮霊の森』で起こった一部始終を。
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