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自分は片時も君を忘れていなかった。
これまでの年月は常に君と共に在った。
そう語る阿部。
涙無しでは聞いていられなかった英太。
そんな二人の耳に、女性の声が飛び込んでくる。
「ちょいとお兄さん?」
「?」
「随分とご自分の世界に浸っておいでだけどねぇ……相手がこの世に居ようがあの世に居ようが、礼を失しちゃあお終いさね」
淡々と、しかし少しばかりの苛立ちを含んだ艶のある声色。
阿部はその声の主を特定出来ずに周囲を見渡していたが、英太はそれが誰の声だかすぐに判った。
「お兄さんはこのお嬢さんを長い間放ったらかしにしておいでだったのさ!そのツケは払わないと筋が通らないってもんでさぁ。
それと……虚言は金輪際お止めになった方が良いだろうねぇ。
恐らく熱を出したなんていうのも嘘っぱちだろう?自分を好いてくれた女が亡くなったっていうのに花の1本も供えないなんざ、男の風上にも置けやしないね」
ツケ?
虚言?
阿部はその腫れ上がった顔に焦りを浮かべながら周囲を見渡す。
しかし、それらしき女性は何処にも居ない。
英太が呆けた様子で阿部を見ていると、更に、まるで女の敵と言わんばかりの追撃が阿部を攻め立てる。
「まったく、締まらない話さね……お兄さんがどんなに都合の良い記憶を捏造しても、その左手に光る“それ”が全部台無しにしてしまってるじゃあないか」
「っ!」
その指摘に、咄嗟に薬指を右手で覆った阿部。
「こんな兄さんを好いちまったばっかりに、お嬢さんも勿体ない時間を過ごしちまったねぇ。お嬢さんがこの男をここで待っている間、当の本人は何処か他所の女と結ばれちまって、幸せに暮らしていたんだとさ」
最後は祐実に同情を寄せるその声の主を阿部はようやく見つけるも……驚愕に満ちた目を見開いたままで固まってしまう。
そこには気品と妖しさを醸し出している一匹の美しい三毛猫。
その三毛猫は……軽蔑と愉悦をその目に宿しながら……口元には意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
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