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「まったく……とんだお人好しさね」
溜め息を吐きながら、1歩躙り寄ってきた三毛猫に阿部は恐怖する。
昔の彼女の幽霊を見た時には感じなかった感情が阿部の心を支配していく。
その原因は敵意。
得体の知れないものが発する攻撃的な意思を、阿部の本能は感知した。
「こんな自己中心的な男なんて、こちらが赦した分だけつけあがるってもんだよ」
人語を操りながら、柔らかな足取りで確実に阿部に向かっていく鈴。
その姿が徐々に引き伸びたり縮んだりしていき、横から見ていた英太は目を擦った。
それは英太が小さい頃、家にあった最後のブラウン管が壊れた時の映像に似ていた。
まるで鈴の居る空間だけ、この世の空間とは違う……亜空間のように歪み、鈴の人間の姿が形作られていく。
「まぁ当事者のお嬢さんに、“この人が幸せなのを見届けられて良かった”なぁんて台詞を言われちゃあ……わっちだってそりゃあ引き下がるしかありませんけどねぇ。
…………でもね、お嬢さん。わっちも少々腹が立っちまってるもんで……これぐらいのツケはこの男に払わさせてくださいませ……ねっ!」
「ひあっ!!」
「…………あ~あ」
白目を剥いて後ろにひっくり返った阿部を見た後、松岡は鈴に抗議するような目を向けた。
そこには英太がさっき一度見たのと同じ、艶姿の鈴が居た。
ただ一つ違っていたのは…………人の輪郭に肉食獣ならではの、鋭い目、黒い鼻、耳まで裂けた口から鋭い牙が付属されていた事。
「……だから化け猫なんて言われるんだよ」
「ふん、わっちはこういう女々しい男は好かんでありんす」
奇天烈な容貌を阿部の眼前に現わし、驚かせてスッキリしたのか……鈴は完全に人の姿に成ると眼下に伸びている阿部へと冷たい視線を落とした。
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