猫と派遣社員

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 猫又を…………飼っている?  猫又というのが化け猫の事であると今夜初めて知った英太。  そんな物の怪が実際に居た事にさえとんでもなく驚いたのに、更にそれを人が飼っているだなんて…………。  自分を取り巻く状況に不思議と慣れていた英太だが……今また信じがたい事実を耳にし、この状況がやはりおかしいものだと再認識しながら、一見平凡な風体の松岡をまじまじと見つめた。 「……まぁ、この馬鹿猫の事は置いといて…………」  当の松岡は気を取り直すと、一度は袖にされた手を祐実に伸ばす。  すると今度は全て心得ているとばかりに、松岡の手を取る祐実。 「閻魔様には手心加えて貰えるように頼んどくよ」  松岡がそう言うと、何処からともなく……ガラガラと車輪の廻るような音が微かに響いてきた。 「来たか」  英太が音のする方へと首を廻すと、その視線は自然と曇天へと向かう。  あれ?いつの間にこんなに曇ってたっけ?  月の光りも届かぬ厚い雲。  その切れ間を縫うようにこちらに近付いてくる一片の影。  段々と大きくなってきた車輪の音と共に、その影もまた姿形をはっきりとさせていく。  ……また……変なのが来たの?  言葉に出さずとも、心の中では勘弁して欲しいと嘆く英太。  そんな英太の心中など露知らず、鈴が地表にかなり近付いた影を見ながら松岡に尋ねる。 「おや、“朧車(おぼろぐるま)”じゃないかぇ。渉、いつの間に呼んだでありんすか?」  鈴は知る人ぞ知る妖怪の名を口にしたが、当然英太はその名を知らない。
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