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「この世への未練や想いが断ち切られたのでありんすよ」
いつの間にやら英太の傍らに立っていた鈴が、まるで英太の心を読んだかのように教えてくれた。
「渉はそういった亡者の念を断ち切る事の出来る力を持っている。正にこの仕事に打ってつけのお人と言えるのさね」
それに人柄もまた妙に他人を安心させるお人だしねぇ……と言った鈴の顔は、相棒の松岡にひとかどの信頼を寄せているのが見て取れる表情を浮かべていた。
松岡の手を離れた祐実は相変わらず無表情のままではあったが、その場でペコリと頭を下げる。
その律儀な行動に唖然としている英太の目の前。
祐実の霊体は突然しゅるんっと朧車の覆いの中へと吸い込まれてしまった。
巨大な人面が目一杯覆いの隙間を塞いでいるというのに……。
それでも辛うじて出来た、見えない僅かな隙間などが在ったのだろうか?
まるで煙のように英太の視界から消えた祐実を乗せると……朧車は徐々に車輪を回し始めた。
「あ、あれ?」
朧車がゆっくりと動き始めると、その姿がどんどん月のように欠けていく。
何度瞬きをしてもその光景は変わらないどころか、朧車の車体の欠けゆく部分が大きくなるばかり。
驚愕の眼差しで見ている内に…………遂には朧車は完全にその姿を消してしまった。
「…………居なくなった……」
英太は狐につままれた気分で、朧車が消えた辺りの宙を見つめていた。
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