猫と派遣社員

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「シン!?」  勢いよく走り去っていくのは英太の家で飼っている小型犬のシンだった。  その後ろ姿に英太は慌てて声を掛ける。 「シン!そっちに行っちゃダメだよ!シン!?」  英太の制止も聞かずに、天端の方へと尾を立てて駆けていくシンを英太は慌てて追った。 「……………………」  シンと英太の姿が小さくなっていくのを眺めつつ、松岡と鈴は特に急ぐ様子も無く歩いて英太達を追いかけ始めた。 「……はぁ…………あの犬っころ、感づいちゃったみたいでありんすねぇ。渉が朧車なんて呼ぶからでありんすよ?“あいつら”が騒ぎだしちまったのは……」 「……分かってるよ。ま、騒いでるだけだろ?変に怒らせなきゃ英太に危害は無い……と思う」 「思うって……まぁわっちはどうなった所で構いやしませんけどねぇ」  時は既に22時。  完全に人気の無いダムの天端。  静寂の中に摺り足で草履の音を響かせる鈴の薄情な言葉を聞きながら、これまでの英太の様子を振り返っていた松岡は……そこでふと、ある懸念を抱いた。  ……まさか…………。  一度抱いた懸念は考えれば考える程不安を煽ってくる。  自然と速まる歩み。  松岡のこめかみには汗が伝い始めていた。  天端の入口から暫し歩くと、ダム湖が見えてくる。  暗闇で黒く塗り潰された湖は、まるでブラックホールの様。  そして……目を細めた松岡の目に映ったのは…………そのダム湖から浮かび上がって来ている魑魅魍魎の群れ…………に引き摺られ取り込まれようとしている英太の姿だった。
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