猫と派遣社員

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「あぁ、どうやら君の犬も落ち着いたみたいだね。逃げ出さなくて良かった。  ……君の方も恐怖が少し抜けたみたいだし」 「え?え?」  英太が慌ててシンを目で探すと、あの猫と向かい合う形でその場に“お座り”をしていた。  しかし……落ち着いているというより、尻尾を丸めて後ろ足に挟んでいる様は何かに怯えているような……。  首を捻りながらも呆けた頭で男の言葉を反芻した英太。  そして目下(もっか)の大問題を思い出す。 「わっ、わっ!」  手で宙を掻きながら慌てて片膝を突いて立ち上がろうとする英太。  自分が恐怖体験の真っ只中であった事に気付いた英太は、またもや直ぐに混沌の坩堝(るつぼ)に陥った。  と、そんな英太の肩に置かれる手。 「ひっ!?うわぁ!」  もう何をされてもパニックを起こしてしまう英太の様子を目にし、男は哀れに思いながら苦笑する。 「まぁまぁ、落ち着いて。何にも怖いことは無いよ」 「へ?」  肩に置かれた手は男のものだった。  あれ?もしかして……見間違いだったのか?  まるで何もおかしなものなど見えていないかの如くあまりにも平然とした男の様子に、先ほど確かに見た筈の自分の記憶を疑い始める英太。  また、変哲のない黒髪に黒いTシャツにジーンズ……仄暗い中でも判るこの若い男の平々凡々とした外見もまた英太から緊張感を奪う。  もしかしたら外灯の明かりか何かと間違えて……そう微かな希望を胸に描きつつ振り向いたその目に映ったものは…………真っ白な朧。 「出たぁぁぁあ!!」  それが英太が振り向いた先の……目と鼻の先に在ったものだから、思わず英太はお化けを見た時の定番とも云える台詞を叫ぶこととなった。
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