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慌てふためいて尻餅を突いたまま、両手を必死に動かして後退る姿はまるで漫画だ。
すると目前に迫ってきた英太の後頭部を、三毛猫が前足で押さえる。
「意気地が無いねぇ」
「え?」
後ろから女の声が聞こえた気がした。
「あんまり騒ぐんでないよ、坊や」
「ふぇ?え?」
現実味を脳が咀嚼出来ないままに後ろを振り向くと……その三毛猫の口元が妙に艶かしく微笑んでいるように英太には見えた。
「あ、こら、鈴!人の前で喋るなって!……まったく相変わらず言うこと聞かないなぁ、猫のクセに……って猫だからか…………」
「おや、馬鹿にしちゃあいけないよ、旦那。これでもわっちは三百年生きてるんだからねぇ。そこら辺の赤子みたいな猫と一緒にしないでおくれよ」
美しい妖艶な猫と、その猫が“旦那”と呼ぶ若者の言い争い。
それを呆けたまま聞いている英太はまるで夢を見ているかのような感覚。
これだったらまだ後ろに居る筈の……“あいつ”の方が現実っぽくも感じる。
だって…………猫が三百年生きてて人語を操っているだけでも有り得ないのに……しかもそれを飼ってる人間が居るなんて!
「まったく……これは説明が必要になっちゃったな。
君、ちょっと待ってて。すぐに済ますから」
説明よりもこの場から解放して欲しい。
そう思いながらも後頭部に伝わる肉球の柔らかみが「動くな」と言っているような気がして、英太は操り人形さながらにカクカクと首を縦に振るしかなかった。
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