猫と派遣社員

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「さて、それじゃ……」  小石を踏むジャリッという音が鳴る。  見れば人の姿形をした白い靄に向かい、男が足を踏み出し始めていた。 「……………」  英太は見ているしかなかった。  もう思考の糸は切れていた。  空っぽになった脳みそに届いてきたのは男の声。 「こんばんは。良い月夜ですね」  それは明らかにそこに居る人でない何かに話し掛けたもの。  英太は声も出さないどころか、何故か息すら潜めその行動を眺めていた。  英太の隣では飼い犬のシンが所在なさげに男と英太と三毛猫を次々に見渡している。 「どうしてこんな所にいらっしゃるんですか?」  男の言葉はまるで待ちぼうけを食らった女の子をナンパしているように、英太には聞こえた。  ただ……微妙に棒読みな感じがするのは気のせいだろうか。 「さあ、私と一緒に行きましょうか」  男は手を差し出した。  何処に?  英太はそう思ったが口には出せなかった。  そして、その白い靄に浮かぶ顔らしき造形が、首を横に二度振ったように見えた。 「君みたいな若い身空で亡くなった方が、こんな所で永久に彷徨っていてはいけません。  私の手を捕るだけで楽になれるんですよ」  男ははっきりと“亡くなった方”と言った。  何の根拠もない……認めちゃいけない……そう思い込み、封印していた単語を英太は認めなければいけなくなった。  やっぱりあれは幽霊なんだと。
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