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すると、渡りに舟とばかりに結菜が物件側に居て、更にそこは憧れの師匠のお店跡だった訳だ。
「……だ、駄目ですか? お休みの日に、食費が浮くくらいの感覚で構わないのですが」
「……シフォンケーキ」
「はい?」
結菜はちょっとだけ腹を立てて、一生懸命身を乗り出す信幸から目を逸らしてやった。
「レモンとか、柑橘系のシフォンケーキが食べたい」
「良いですね、これからの季節にピッタリです!」
「それが、最高に美味しかったら考えます」
「本当ですか!」
初めて会った時に、信幸が大型犬みたいだなと思った事を思い出した。
今正に、幻の耳と大きく振れる幻の尻尾が見える。
「もし、美味しくて認めて貰えたら、薫さんが作ってくれたものも教えて下さい」
「良いですけど、私、材料とか詳しくわかりませんよ? お菓子作るの、下手だから……」
「大丈夫です。どんな感じか言ってくれたら、再現出来るまで味見して下さい!」
信幸の、この情熱は何処から来るのだろう。好きな事の為なら、人はこんなに一生懸命になれるのだろうか。
「薫さんに、昔言われました。お菓子はみんなを幸せにするって。美味しいものを食べたら、人は誰でも幸せな気持ちになれるから、その幸せのお手伝いが出来る事は、とっても楽しいと」
信幸は、初めてホットケーキを作って家族みんなを笑顔に出来た事が忘れられないと言う。
「そういうカフェにしたいんです」
また少年みたいに目をキラキラさせている。意地を張っている自分が馬鹿みたいだ。
でも、意地を張ったおかげで、次は美味しいシフォンケーキにありつける。
楽しみだな、と結菜はもうとっくに、信幸の情熱に巻き込まれていた。
そのまま、子猫を預かる配分を二人で組み立てながら、互いに飼っていた猫の自慢話を繰り広げて、夜が更けていった。
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