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(ああ、もっと人間らしい仕事がしたい)
仕事があるだけでも幸せなのかも知れないのに、贅沢だろうか。でも、身内に急な不幸が出た相手に対して「いつから空きますか、急に言われても困るんです」などと言うのは人としてどうなのだろう。
(言ったのは、私だけど……)
聞けと言ったのは上司だけれど、実際に言ってしまってはいけなかった気がする。もう、体は元気でも、心はクタクタだ。
転職しようと探してみても、行けども行けどもブラック企業と噂のある所ばかり。
(日本にはブラック企業しか無いのか。どうしてこんなに働かなければいけないんだろう……)
もう、そんな考えが浮かぶほど末期状態。厚労省から義務付けられたストレスチェックが、ストレス。結果は下から数えた方が早くて、早速カウンセラーから電話がかかってきて……。
知らない人との会話も、ストレス。
疲れ切っていた結菜だが、ともかく日々生きるためにはお金が必要で、それは働かなければ手に入らない。よって、「ブラック企業に転職して3日で辞めるよりマシだ」と、仕事を続けている。
今日は、何が何でも美味しいチーズケーキが食べたかった。だから、朝から機嫌の悪い上司の様子をビクビク伺いつつ懸命に働いて、ようやく解放され、以前からチェックしていた美味しいと評判のお店が運良く空いていて喜んで席に落ち着いて、注文した……のに。
「申し訳ありません。チーズケーキは完売です」
ベイクドのチーズケーキとコーヒー。それは結菜にとって黄金比の組み合わせだった。何があってもそれを食べたら元気が出る、いやされる、あしたも頑張れる。
それなのに、似合わない可愛いエプロン姿の大男は、無慈悲に断ち切ったのだ。
(ほんとに申し訳ないと思ってんのか、このデカブツめ)
結菜は基本的に実に穏やかで滅多な事で怒ったりしない。ましてや接客業の辛さなど身にしみて分かっている。無いものは無い。何処を探しても無い。むしろそんなに欲しいなら何故もっと早く来ないのだと問いたい。そう言うものなのだ。
しかし、その日の結菜はひたすら美味しいチーズケーキを求めていた。この気持ちは三大欲求に次ぐ、四大めの欲求と呼んでも良い。それほど求めたものが、「無い」の一言では諦められない。
(でも、仕方ないか……じゃあ、帰りに、何時もの店で買おう)
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