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沈黙と共に、重々しく雨が降り始めた。結菜はもう座っているのも心苦しくて帰ろうとしたが、真田の後ろに更に大きな男の人が奥からやって来て彼の頭をポカリとやった。
「痛い!」
「馬鹿か、お前は! 申し訳ありませんね、お客様。ウチのアホが迷惑をかけたみたいで。お詫びと言っちゃなんですが、今日のお代は頂きません」
グイ、と真田の頭を押さえつけて謝らせている。顔もよく似ているし、兄弟だろうか。
「でも、こんな状態じゃ気持ちが悪いでしょう。もしご都合が宜しければ、ウチで飯を食って行きませんか。んで、このバカにちゃんと説明させます」
オムライス、好きですか? などと聞かれて、思わず頷いてしまう。
「そりゃ良かった。ウチの嫁のオムライスは絶品ですよ」
「はあ……」
なんだかもう、ご飯を食べていく事が決定しているようだ。確かに話の途中で気になるし、帰ってご飯を作る気力は萎えているし、勢いに押されるまま、結菜は頷いていた。
「よし、決まり。じゃあ、もうすぐ閉店だから、ちょっと待っててくれる? ええと?」
「あ、本多です。本多 結菜」
「え? いな?」
違います、と否定する前に真田の兄と思しき人は豪快に笑った。
「無理だな、お前! 頭が上がらなくなるぞ! 稲姫様だぞ!」
「何言ってんだよ、兄さん! 結菜さんだよ」
「あれ? あー、聞き間違いか。何だ、惜しいな! 一字違いが!」
笑いながらお兄さんは真田と肩を組んで、
「俺は昌幸。こっちのは信幸。結菜ちゃんは歴史好き?」
好きも何も。愛読書は池波正太郎先生と言う渋さ。今まで読んでいた本だって、真田騒動。ここ、信州上田の大人気武将、駅前に銅像まで立っている、真田幸村の父と兄の名では無いか。
「素敵な名前ですね!」
「おー、食いつき良いね! もしや大河を観てたクチ?」
「はい! かぶりつきで! それ以前に、真田太平記のファンなんで!」
「そっか、そっか! 良いよね、池波先生」
「はい!」
黙々と真面目に閉店作業をする真田改め信幸を放って、初対面なのに妙に話しやすい昌幸と盛り上がってしまった。
それぞれお勧めの池波先生作品をプレゼンしあう頃には、
「ご飯できたわよー」
と、呼ばれていた。
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