128人が本棚に入れています
本棚に追加
いきなり家じゃ居心地が悪いでしょう、とお嫁さん……佳奈さんと言うそうだ……が、お店のテーブルにご飯の用意をしてくれた。
「ごめんなさいね、ダンナが迷惑かけませんでした?」
「い、いえ、私こそ、こんなに話し込んで……」
昌幸が気さくに乗ってくれた為、ついつい熱を入れて話し込んでしまったのだ。恥ずかしくて小さくなってしまう。でも、目の前のオムライスはとても美味しそうで、お腹が鳴ってしまった。
「よし、食べるか! 頂きます!」
昌幸の元気な挨拶に釣られて、結菜も両手を合わせて「頂きます!」と佳奈に頭を下げた。もうずっと一人暮らしで、こんなに元気にご飯を食べ始めるのは久しぶりだ。
食べながら、信幸は母との出会いから教えてくれた。
母とは、入院していた病院で出会った事。幼い頃の信幸は体が弱くて、よく体調を崩しては入退院を繰り返していて、長期で入院していた母と知り合った事。
母は信幸に、お菓子の作り方を教えてくれたそうだ。
「その頃、僕が一番気に入ってた絵本のパンケーキの作り方を教えてくれました。退院してから挑戦してみたけど、全然上手くいかなくて……」
それでも何度も挑戦して、やっと絵本の通りのフワフワで大きなパンケーキを完成させて、家族皆で食べたそうだ。
「ありゃ美味かったな~。こんなに厚焼きなのに中までフワフワで!」
「兄さんは、僕の分まで噛り付いたよね」
「そりゃ、お前は食べ過ぎちゃいかんだろうと思ってな」
信幸はちゃんと出来た事を母に知らせようとして、病院へ行ったが、もう彼女は退院してしまっていた。
「その頃には、延命治療と自宅療養のどちらかを選ぶ事になって……母さんは、自宅療養を選んだから……」
「そうだったんですね。すみません、知らずに悲しい事を思い出させて……」
「いえ、良いんです。私、ずっと、忘れてて……」
母は、自宅に戻って一ヶ月も経たずに亡くなってしまった。その間、毎日おやつを作ってくれた。何時もはお店でしか作らないお菓子も、全部。元気だった頃の母は、お菓子のお店を経営していたのだ。
「お母さんのお菓子と、おんなじ味がしました」
「そうですか……」
ご馳走様でした、と結菜は頭を下げた。
「また、ケーキを作ってくれますか?」
「はい。もちろん」
結菜は、お腹も心も満たされて笑った。
最初のコメントを投稿しよう!