地獄の大敵

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――――――――――――――――――  硝子の割れた砂時計。  窓が外れた冬の宿。  結び目を解かれた風船。  破れた頸動脈。  透明人間のため息。  大切なものが、こぼれて、漏れて、溢れて、流れる。無くなる。失くなる。亡くなる。  消えてなくなる。  こぼれて、漏れて、溢れて、流れる。  「……………………っ!!!」  キルコ・コフィンズは目尻から落ちた涙の感覚で目を覚ました。  高い天井。ばらつく照明。大会議室だ。  記憶が朧げだ。全てが朧げだ。  「…………夢?」  目尻を濡らす液体の原因。何かとても恐ろしい出来事があった気がする。  キルコは混乱しながら起き上がろうとして、  (………………!!)  身体が異常に重たいことに気がついた。途端に心臓が収縮したかのような不快感に苛まれる。  「夢じゃ…………」  全身に力を込めて起き上がりながら、キルコは失意を呟く。そしてそれを、  「…………ええ、残念だけど。夢じゃないわ」  聞き慣れた優しい声が拾い上げた。  「ジェーン……」  鉛のような上半身をなんとか起き上がらせて、改めて周りを見ると大勢の人が集まっていた。  机を端に寄せ、床に布を敷いただけの最低限簡易的な寝床で何人もの人間が伏していた。  「ここだけじゃないわ。いろんなとこに協会中の人が避難してる」  そう言うジェーンはキルコと目を合わせようとしない。  そんな彼女に対して『壮介は?』などと訊けるはずが無かった。  夢ではない。夢ではなかった。悪夢であることは間違いないが、それは夢の中の話ではなかった。  急に意識が遠くなるのを感じた。全ての感覚が脳の内側に引っ込みながらも、自分自身を第三者視点から見下ろしているような、そんな矛盾した感覚。  最愛の人が死んだ。  呆気なく。ロクな言葉を伝えることもできずに。彼は死んだ。   蓮田壮介は滅んで死んだ。  止めることなくこぼれて漏れて溢れて流れ続けるキルコの中身。  今は闘争の、否、戦争の真っ只中である。一国家に相当する、それ以上の脅威となった悪霊が未だ地獄に居座っている。  それでもキルコは。  「………………………………」  何もできない。  希望を絶する。絶望の本当の味を思い知った。
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