地獄の大敵

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 叫び声。  慄く声。怯える声。驚く声。  それら全てを内包した恐怖が会議室に響きわたった。  突如として天井を食い破り室内に侵入してきた黒い腕の数々。間違いなくマーロウの物だ。  寝床に付していた怪我人の肉体を滅ぼし、その中から何かを掴みだし潰す。吸生していた。  パラメーターが変動する。  憤り、復讐心、使命。そしてそれらを遥かに超える、  「…………………………っ」  恐怖。  身体が動かない。喉が締まる。魂が震える。  黒い手が迫る。  「何してるのキルコ!」  キルコの眼前に迫っていた黒手、それを青い光が焼き払った。  先程までとは裏腹に、舌が固まりきったキルコをジェーンの光を失った眼が撫でる。  駄目、と言おうとして諦めた。代わりに首を横に振って、今の彼女には見えていないことを思い出した。  完全に沈黙した友人を前に、ジェーンは悔しさを噛み締め行動を変える。会議室に響き渡る声を張り上げた。  「シジマさん! 美束さんを! 道具を使える死神は近くの人を!」  守って。  今この場、この瞬間。死神の在るべき姿が問われている。  だが。しかし。  "美束が無事でよかった"、キルコの頭をよぎったのはそんな思いだけであった。  完全に、死神としての心が砕かれていた。  「キルコ、お願い。立って! そんなの、違うでしょう!」  断続的に光る青い魔力、それと交互にジェーンの言葉がキルコを揺さぶる。  「何のために死神になったの!」  何のために?  両親の仇をとるため? 魔導から社会を守るため?  キルコはぐるぐると渦巻く頭の中で刺激物を見つけた。鼻の奥がツーンと痛む。  「た、たすけて……!」  部屋の隅からか細い声が聞こえた。マーロウの手が迫るその先、怯えきった表情の誰か。ジェーンは他の腕に向かっている。キルコしかいない。  何のため?  「……黄泉津……鎌」  あの夜のためだ。  彼が命がけで自分を助けてくれた、あの夜のため。  最初に彼を失った夜。彼のように誰かを守ろうと決めた。  だから。  部屋の隅の誰かに襲いかかろうとしていた滅びの腕、普通に考えれば肘にあたる部分を銀の刃が切り落としていた。  だから今も。今こそ。  「壮介……ごめんね……」  守らなければ。  死神キルコが立ち上がった。
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