緑色少年

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緑色少年

「ただいまぁ」 マンションの重たいドアを開ける。 どうせ誰も帰ってきていないのだ。 ほらね。 ママのレインブーツも、兄さんのスニーカーもない。 パパなんて、絶対こんな時間に帰って来ない。 「あら…」 ドアを開けると、 リビングのソファに、男の子が座っている。 きれいな緑色のレインコートを着たままポケットに手を入れて ソファの上で脚を折り曲げ、足の裏をこちらに見せて座っている。 可愛い小さな足は裸足だ。 くしゃくしゃの髪に、ぎょろりとした黒目勝ちの目でこちらを凝視している。 そして大きなマスク。 顔の大部分をマスクが覆っていた。 大方お兄ちゃんが呼んだお客さんだろう。 なぎさはそう思うことにした。 兄の繁樹はバイオテクノロジー関係の研究者にして 無類の超常現象・都市伝説好きだ。 その種の雑誌に寄稿もしていて、 不思議なお話を聴かせてくれる人を時々家に呼ぶ。 彼もきっと、そのたぐいのお仲間なんだろう。 「こんにちはー」 なぎさが軽く会釈すると、彼もなぎさと同じくらいの角度で 座ったまま頭を下げる。 なんだか可愛い。 「お兄ちゃんもうすぐ帰って来ると思います。 ちょっと待っててくださいね」 愛想笑いをすると、男の子は眉毛を八の字にして目を細める。 彼は一言もしゃべらない。 「あの、風邪?ちょっと待って。」 鞄からのど飴を出して差し出す。 「これ、どうぞ。プロポリス入ってて喉にいいみたいですよ」 男の子は目を見張り、顔の前で両手を振る。 いらない、という意味らしい。 「あ、そうですか…」 なぎさがしょげた顔をすると男の子も一緒に、悲し気な目をする。 どうしよう。間がもたないな。 「雑誌でも読みますか?」 マガジンラックには、あいにく男の子用の雑誌が無い。 あるのは朝刊となぎさの少女向け雑誌だ。 仕方なく雑誌を開いてテーブルに広げ彼の隣に座る。 カワイイが大好き、ワクワクが大好き! 100人が選んだイチオシコスメ! ビビッドカラーの弾んだ文字が紙面に躍る。 なぎさはついつい読み上げる。 「すみませんねえ。 私こういうの見るの大好きなんですよ。 こんな色のマニキュア、欲しいなあ あ、関係ないですね。」 男の子の方を向くと 今度は脚をテーブルの下におろして なぎさの顔をじっと見ている。
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