辰郎とじいちゃんのエセ感動話

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 辰郎が目を覚ますと、そこは病室だった。  そこからはテンプレ的な流れとなる。  起きてる彼を見た看護師の女性が、驚きカルテを挟んだバインダーを落とす。  慌てて呼ばれた医者が体調を確認して問題なしと判断する。  家族が呼ばれ、母親が「辰郎良かった!」などというありきたりな言葉を言いながら抱擁し、父親は目頭を手で押さえながら「奇跡だ……!」とか言いながら感動する。  なんという形式美。  それもそうであろう。後に辰郎が知ったことではあるが、彼はそこそこ大きなトラックに見事衝突し、頭を強く打つなどして、辛うじて息がある状態のまま病院に運ばれていた。医者は「もって数日」と匙を遠投するなど、純度100%の死亡フラグが立っていたほどだ。  しかしながら、さながらゴキブリの如き凄まじい生命力を発揮した辰郎は、峠を三段跳びし、数日間の意識不明を経て目を覚ましたのだった。  奇跡と言えば奇跡かもしれん。  頭にドデカい傷痕を残しながら、骨折は左腕一本というミラクル。  それから数週間の経過入院を経て、晴れて辰郎は退院となった。  学校に戻ればクラスの連中から好奇の視線を向けられ、アイアンソルジャーなんてアダ名を付けられたりもした。すぐに忘れられたが。  家で両親にじいちゃんとのやり取りを説明すると、母親は「それはね、じいちゃんが、あなたを守ってくれたのよ」なんていう涙ちょちょぎれ(死語注意)なことを言ってのけ、辰郎も人並みに「じいちゃん……ありがとう……」とか言う面白味の欠片もない鉄板セリフを口にするのだった。  そして彼は、普段通りの生活に落ち着いた。  彼はきっと忘れないだろう。  彼のことを助けてくれた、九州訛りのじいちゃんがいるということを……。  ……と、ここで終われば、実にありきたりななんちゃって感動(するかはさて置いて)話になるのだが……生憎ながら、物語は、ここから始まるのだった。
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