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ナギサとのことがあって、リュウスケは家路につく電車に乗れた。忘れると決めたはずなのに、大学近くの養老院をスマホで検索していた。大学の裏手、大きな池に面した一角に確かに養老院がある。身寄りのない老人が施設に集められ、最低限の補助を受けながら暮らしている。養老院は近年閉鎖が続き、見つけた養老院も来年度で閉館が決まっていた。施設の老人たちがどこで暮らすことになるのか、リュウスケは素朴に思った。自分の意思で暮らす場所さえ決めることができない彼らを思うと、自分がどれだけ恵まれているのか感じずにはいられなかった。そして、法律が彼らを救うことができないもどかしさに、リュウスケの想いは向いていた。
「もしかして」
嘘だと思いながら、ナギサのことを考えていた。もしもナギサが老人たちと同じで、生きて行くためにあの店で働き始めたのであれば、どんな気持ちで受け止めたのだろう。電車が最寄駅に到着し、リュウスケは改札を抜けてロータリーに出た。目の前の高層マンションで暮らしている。公園として整備された小道にリュウスケは入っていった。
「もしも、今朝まで夜勤で働いていたナギサという女性がいると思うんですが……」
知ってはいけないと思いながら、養老院に電話を掛けていた。
「宮前さんですか?」
もちろん、リュウスケは答えようもなかった。
「今日、辞めましたよ」
「理由は?」
「失礼ですが、どちら様ですか?」
電話口からの問い掛けに、リュウスケは「ナギサの兄です」と答えていた。
「辞めてどうするとか言ってなかったですか?」
ナギサは急に辞めてしまったという。その原因を電話口で教えてくれることはなかった。
「もしもし、もしもし!」
電話口からの問い掛けを無視して、リュウスケは一方的に電話を切っていた。
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