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「ありがとうって言ってもらえると元気になれる」
ナギサは、今の職場で働くことに生き甲斐を感じていた。
「でも、大学生に憧れるな。夢があって楽しそう!」
リュウスケは嘘をつかなければいけなくなった。
「レールが敷かれていて、そこから脱落しないように怯えているんだ。大学生になっても同じだよ」
リュウスケの言葉に少し戸惑いを浮かべたナギサは、急に立ち上がり隣に腰掛けた。すぐ脇に座り、ナギサは「きっとうまくいく!」と告げた。ほとんど化粧をしていないナギサだが、ほのかにシャンプーの匂いが香っていた。
「ガールフレンドいるの?」
「いないよ。オレ、モテないから」
中高一貫の男子校で過ごしたリュウスケにとって、異性はどこか遠い存在に思えた。母親と妹がいるにはいたが、それでも恋愛の対象とは少し違う。そして、さっき知り合ったばかりのナギサとこんなにも自然に話せていることにさえ、まだ気がついていなかった。
「もう行かないと。また会えるかな?」
ナギサがリュウスケに訊ねた。リュウスケは「うん」と答え、初めて連絡先を聞かなければと思った。ナギサを異性だと強く感じた。「連絡先、交換しよう」その一言が伝えられなかった。
反対方向の電車がホームに来た。ナギサはその電車を目で確認し、少しためらいながら手持ちのバックの中に手を入れた。
「あとで見て。またね!」
ナギサが閉まろうとしている電車に駆け込んだ。ホームに残されたリュウスケは、手渡された四角い紙を握りめたまま、ナギサを乗せた電車を見送った。ナギサが笑顔で手を振っている。リュウスケは彼女を乗せた電車が見えなくなるまでホームに佇んだ。
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