雨露のバラード

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「ただいま」 「――おかえり」  背広と鞄を小脇に挟み、シャツの袖を肘まで捲って、ネクタイも既に緩めている。出会った時こそ隙なくスーツを着込んでいたものだが、堅苦しい恰好が本当は苦手。営業部を離れた今はコンタクトもやめて、ありふれた形の眼鏡を掛けている。見かけの男前はきっと減ったのだろうが、俺は今の彼のほうが好きだった。  振り返った俺から短くなった煙草を奪い、すうっと盛大に吹かすと、口の端だけで小さく笑う。 「飯、何?」 「鍋焼きうどん」 「この暑いのに?」 「だからいいんだろ」 「そうかあ?」  疑わしそうに言う彼に煙草を譲り、準備を始める。今週の当番は俺。とはいえ、フィルムを剥いて、アルミの容器をコンロに乗せるだけ。スイッチを押せば、あとはほんの数分待つだけだ。  出汁のいいにおいが、キッチンにたちこめる。 「卵あったろ」 「あ、いいね」  一つずつ卵を落とし、ほどよく半熟になったところで、雑誌を敷いたテーブルに熱々の容器を置く。 「おつかれ」  発泡酒で乾杯し、遅い夕餉のスタートだ。
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