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少しぶっきらぼうな声。らしくない。照れているんだ。
「はは、どうしよう……」
「嫌?」
「ううん」
「じゃあ、返事」
「――うん」
彼の細く吐いたため息は、少し震えているようだった。
「なあ、何か言えよ」
「だめ」
「なんで」
「これ以上喋ったら、俺、泣いちゃうよ」
「いいよ」
「やだよ、バカ」
同じように震える息でなんとかそれだけ言うと、俺は、きゅんと痛むような熱の溜まった目を手の甲で押さえた。
結婚とは縁のない人生だと思っていた。
俺なんかのことを好きになってくれる人がいるだけでじゅうぶんだって思いながら、種が結晶する性を羨み続けるのだと。食用の卵でさえ、有精卵だったりもするのに、なんてさ。
不意に、パラパラと小さな粒をばらまくような音が部屋じゅうに響き、どちらともなく暗いベランダの向こうを見やる。
「雨……」
呟いた俺の左手の上に、彼の右手が重なる。少し緩い指輪を軽く撫でて、
「幸せにする」
なんて言うから。堪えていた涙が、ぽろりと落ちた。
「――うん。俺も」
終わり
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