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「あの神社ね。小さいけど歴史があって、植わってる木も数百年級のがいっぱいあるんだ」
神社から離れて、高台に続く坂を上りながら幼なじみが言う。自分は物理的にも話題の上でもどこに向かっているのかがわからず、ただうなずくだけだ。
「うちのおばあちゃんも、小さい頃はよく境内で遊んだらしいよ。今もきれいだけど、その頃は特別大きなご神木があったんだってさ。山桜の木でね」
大人が数人で手をつないで、やっと幹を囲めるほどの大木だった。本殿のはるか上に枝葉を広げた山桜は、花の盛りには高台からもはっきり見えるほどで。神社の関係者も周りに住む人たちも、みんな毎年の桜を楽しみにしていたのだという。でも、
「……ほら、戦争でさ。このへんもけっこう、空襲とかあったから」
もうすぐ冬が去って、あたたかな日が増えてくる頃だった。山桜は焼夷弾の直撃を受けたが、真下にあった神社の建物は全くといっていいほど燃えなかったそうだ。まるで木が身代わりになったみたいに。
「そのあとすぐに戦争が終わって。また前みたいにお花見が出来るようになった頃に、みんなが言い出したんだって。『ご神木の花が揺れる音がする』、って」
ソメイヨシノのはるか頭上で、街を見守るように白い花を咲かせていた山桜。燃え尽きて切り株になって、新しい芽を出す力がなくても、仲間に交じって花咲く夢を見ているのかもしれない。
「だから見えなくても褒めるし、出来たらこれからもそうしてあげてほしい――って、おばあちゃんに言われてさ。まあ嘘っていえば嘘なんだけど」
確かに。なにせ実際には咲いていないのだ。ご神木の満開を見たことがない幼なじみには、イメージするのも難しいかもしれない。
上ってきた坂から見渡すと、さっきの神社がちゃんと分かる。周りを囲む白い梢は、ソメイヨシノの花だ。……そのずっと上に、仲間に負けないほど鮮やかに咲き誇る巨大な桜が、一瞬だけ見えた気がした。
「――きれいだね。とってもきれい、山桜」
思い切って口に出してみたら、胸がふっと温かくなった。ついでに、不覚だけど目頭も。でも、とっても気分がいい。
おばあさんから受け継いだ優しい嘘、来年からは私もまねしてみよう。うん、ぜひそうしよう。
「……あんたのそういうとこが好きだなぁ、私」
照れくさそうに笑った幼なじみの声。それに、かすかな花擦れが重なった気がした。
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