第一話

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トイレに向かっていった男に何となく付いて行く。 俺とぶつかったから具合悪くなったとか言うなよ、さすがにそれは無関心でいるほど冷徹ではない。 ちょっと様子を見てすぐに帰ろうと軽い気持ちだった。 ただのトイレなら別にいい、俺もそんな趣味はないしな。 トイレに入ると呻き声が聞こえて帰ろうとしていた足を止めた。 奥の個室から声がして、個室に向かう。 そこには身体を丸まらせて苦しそうに吐いている男がいた。 そこまで具合が悪かったのかと思って驚いて、背中に触れる。 「あんた、大丈夫か?」 「…はぁ……へ?」 吐いてるのに夢中で俺には気付いていないようだった。 驚いた顔をしているが、男にとっては今それどころじゃないようだ。 背中を撫でると少しは楽になったのかため息が漏れていた。 同じ歳みたいだから酒に酔って吐いたわけじゃないよな。 頷いたのを見て救急車は必要なさそうだなと安心した。 とはいえ俺のせいかもしれないし、水ぐらい渡した方がいいよな…なんか自力で水を調達出来そうにないし、さすがに公衆トイレの洗面所の水は綺麗ではない。 一度男から離れて公衆トイレを出てすぐ近くにある自販機から水を買う。 ここまで来たらお人好しの気がするが、トイレまで付いて行ったのは俺だからな。 よく撮影現場に差し入れはするが、見ず知らずの他人に奢るのは初めてだな。 まぁ、別に水ぐらいでどうこう言うつもりはないけど…
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