夕暮れに蜂蜜を垂らす係にも分厚い焼きたてホットケーキを

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 私の母は恐ろしい人で、思い通りにならないことや、自分の手が届く範囲から子どもが出て行くことを認めなかった。隠し事は出来ず、少しでも望まぬことをすれば頬を打たれた。母以外の誰かと遊ぶことも許されなかった。どうにかして学校で時間を潰し、帰宅時間を先に延ばそうとしても、門限である17時には必ず帰らねばならなかった。小学生くらいなら、それもまあ仕方がないと思えるかもしれないが、この束縛は私が成人し、家を出るまで続いた。当時は本当に大変だった。学校での部活動だけは例外とされたが、帰り道にどこかへ寄ることは禁じられていたので、部員たちと親しくなる機会も無い。休日の外出も母は嫌った。私は、友人と呼べるほど長く過ごせる他人を作ることが出来なかった。  高校生の頃だった。私は学校でとても酷い思いをして、頬を真っ赤に腫らしながら帰り道を歩いていた。自宅までは徒歩で20分程の距離だったが、このまま母には会いたくなかった。母は、失敗や敗北を許さなかったのだ。負けた方が悪いのだと、泥水を被って帰宅した6歳の私を蹴ったこともあった。だから、母に見られる前に、どこかでこの顔を“戻す”必要があった。  私は普段の通りから2本ほど先の道に入り、足が向くまま暫しでたらめに進んだ。すると、木に囲まれた小さな暗い公園を見つけた。看板は錆びており、底に穴が開いた屑籠からペットボトルが突き出している。こんな場所が、すぐ近くにあったとは知らなかった。…私は、外遊びなんてしたことがなかったから。  公園では小さな男の子が4人、古びたシーソーの上でカードゲームをしているだけで、他に人影は無い。私は自転車除けの柵の合間を抜け、出入口近くのベンチにそっと腰掛けた。ベンチは鉄製で、ピンク色の塗料は殆ど取れてしまっていた。何をするでもなく、ただ俯いて、私はこの寂れた公園の一部のようにじっとしていた。
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