夕暮れに蜂蜜を垂らす係にも分厚い焼きたてホットケーキを

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 ふと、視線を感じて顔を上げると、その内の1人がこちらを見ていることに気が付いた。残りの3人は、荷物を纏めて自転車に乗ろうとしているところで、別れの挨拶の後、騒ぎながら無理やり狭い柵の隙間を通り抜けていった。彼らの声が遠くなると同時に、少年は私の方へ近寄ってきた。赤い半袖のTシャツに、恐竜柄の半ズボンを履いている。 「なにしてんの?」  少年は私に声を掛けてきた。よく見ると、彼の鼻には絆創膏が貼ってあった。 「おれ、もう帰っちゃうけど、まだここにいるの?」  どうやら、私を心配してくれている様だった。私は、自分の半分ほどの歳であろう男の子に気を遣われたことに驚いて、つい、取り繕うことを忘れ本音を零してしまった。 「まだ、帰りたくない、から…」  腕時計を確認すると、17時まではあと40分もあった。ここから自宅までは10分も掛かるまい。だから、あと30分は居て大丈夫。いや、あと30分しか居られない。 「ふーん…。なんで?かあちゃんに怒られるとか?」   少年は肘を掻きむしりながら軽い口調で訪ねてきた。しかし、返事をしない私から何かを感じ取ったのか、真面目な顔でその場に座り込むと、ベンチに腰掛ける私の顔を覗き込んだ。 「…おれもさ、きのうかあちゃんにすんげえ怒られた。ケツをバンバン叩かれて、マンガもボッシューされちゃった。…兄ちゃんもケツ叩かれたこと、ある?」 「――あるよ、何度も」  私が答えると、少年は白い歯を見せてニカリと笑った。  それから他愛もない話をして、私も彼も、17時に間に合うように帰宅した。家に居ても、昨日より少しだけ呼吸がし易かった。  あの日以降、私は忙しさから公園に行くことが出来なかった。夏の大会を控え、部活動の練習日も時間も増えた。例え部員と心は通じなくとも、何かに熱中している間は、頭を真白にすることが出来た。どうにか生きていける気がしていた。  しかし、それは突然、終わった。1学期の終業式の朝、家を出る直前に母は私に封筒を手渡した。退部願いだった。  やはり、部活動によって家に居る時間が減ったことが、母は許せなかったようだった。私に拒否権は無く、その日の内に私は部活動を辞めた。怒りも悲しみも感じなかった。
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