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ある日のこと。めずらしく早起きした私が登校すると、教室にはまだ誰もいなかった。
とりあえずカバンを置こうと、後ろ側にあるロッカーに向かったときだ。ヤゴを入れていた水槽の上で、何かがきらっと光ったのが見えた。何の気なしにそちらを見やって、息が止まるほどビックリした。
――今でもはっきり思い出せる。それはもう、すばらしく綺麗なトンボだった。
透きとおった翅がまっすぐに伸びていて、胴体も大きな目も宝石のようなコバルトブルー。見た瞬間、なぜかすぐに『あの大きなヤゴだ!』とわかった。
トンボはしばらくじっとしていたが、やがてふわっと舞い上がって窓を目指した。カギとガラス窓を開けてやると、そのまままっすぐ外へ飛び出し――
次の瞬間、すぐ近くでものすごい音がした。あわてて周りを見渡すと、いつの間にか空が真っ暗になっている。凄まじい雷鳴が轟いたのに続き、周りの景色がかすむほどの豪雨が降りだした。3階の校舎の真下から、登校中だった子たちの悲鳴が聞こえる。
でも私は、正直クラスメイトのことなんか忘れ去っていた。というか、何もかもが頭から吹っ飛んでいた。
……久しぶりの雨が降りしきる空。駆け回る稲妻とともに黒雲の間を飛んでいく、コバルトブルーの巨大な龍を見てしまったら――正直、大人になった今でもそうなると思うのだ。
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