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◇
一方、薊花のほうは。
母が有頂天になって、近所の人に自慢話をする、あれやこれやと支度の品々を買いこむ。
これはまだいい。
だが、そうやって母親がふれまわったせいで、うわさの種にされ、根掘り葉掘り話を聞かれるのには閉口した。
この二、三日、秦盟が姿を見せていない。忙しいのだろうとは思ったが、人目のせいで、秦盟が来たがらないのではないかという気さえする。
◇
秦盟が来てから四日目の夜。
薊花は、秦盟はなぜ来てくれないのだろうかと思うあまり、あれこれと考えて眠れなくなった。
忙しいだろうことは百も承知しているのだが、結婚しようと言って四日も連絡がないのでは、冗談だったのかもしれないと不安になるのが娘心というものである。
こういうときは、体を動かすに限る。
薊花は、動きやすい黒い服に着がえて、夜にまぎれて郊外に向かう。
人気の少ない寺廟や、人が住まなくなった家、荒れた庭など、勝手に入りこんで体を動かすのに都合の良い場所は、いくらでもある。
と、ふと薊花は、奇妙な気配を感じた。
「気をつけなさい」
風の叔母さんの声がした。
薊花は警戒し、姿を隠そうと、木の幹に身を寄せた。
唐突に、男の声がした。
「探したぞ」
同時に、首の左脇に、ドンと手をつかれて、薊花はビクッと身をすくめた。
「あ……」
「言ったはずだ、忘れぬぞ、と」
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