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◇
黄昏時。
杏京のはずれ。迎雲観から杏京の隅の方にある桂薊花の家に向かう道。
縁日の日の迎雲観は、灯籠が並べられて夜までにぎわう。その灯籠を分けてもらって持ちかえると御利益があると信じられている。人が帰るにはまだ早い時間であり、道にほとんど人影はない。
薊花は、突然の襲撃者に、手一杯であった。
なんといっても、娘が着る服は、裾が足に絡まって動きにくい。
その上、相手は相当な腕だ。
間合いをはかり、圏内に来たときにだけ、避けられれば避け、剣で打ち返すときは手を動かして打ち返す。それも、力でかなわない分を動きでそらす。
今もまた、剣が打ちこまれた。自分の剣を、弧を描くようにすべらせて相手の手元を狙い、相手自らに引かせる。
背の高い薊花は腕も長い。しなやかですばやい剣技が、体から肩、腕、手首から手、そして剣先に至るまでが、あたかも革の鞭であるかのように繰り出される。
飛び退きながら、相手がニヤリと笑った。
「好手」
やっかいだ。相手は戦いを楽しんでいる。低く、恍惚とした声。
「その剣、その剣技。
女装をしていてもわかるぞ、お前はあの時の……」
その言葉で、薊花には、相手が誰であるかわかった。
あの日。蓮華寺に秦盟を助けに行った夜。この男と剣を交えた。
少しばかり人数がいても、蓮華寺に忍び込んで秦盟を助け出して逃げるぐらい、余裕であろうと思っていた。
薊花は、秦盟が捕らえられている場所に目星をつけたあと、集まっていた中の幾人かに礫を飛ばした。
「なんで小突くんだよ」
「おまえこそ、やったな」
と、たあいのないケンカが始まる。
その隙に秦盟を助けに行こうとした。だが、男のせいで当てがはずれた。
薊花には戦う気はなかったのだが、男が目ざとく見つけて、機敏に薊花の行く手をさえぎってきた。
男の腕はすぐにわかった。
薊花はひとまず物置に飛び込み、秦盟を助けた後、しかたなく男と剣を交えるはめになった。
あの日は、さらに外に多数の役人たちがいて突入してきたため、隙を突いて逃げることができた。
男の方は、守らねばならない主があったようで、役人たちが来ると、すぐに薊花を放し、道を切り開いて何者かを護衛して去った。
そのとき男は、名残惜しそうに薊花にこう言ったのだ。
「忘れぬぞ」、と。
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