最果てのグッド・バイ

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「今日も先生はつれないね」  もう二度と生きているこのひとを肉眼にとらえることができないのかもしれないと思ったら、このまま去るわけにはいかなかった。 「ぼくをひきつけるのはただひとりだからね」  初めて彼の口から彼のあいするひとのはなしが滑り出た。でも、わたしは別段驚かなかったし、ショックでもなかった。生徒たちをみつめるやさしい眼差しを見てきた。わたしがあいしたそのひとみは、あいを知っていた。それに気づかないでいられるほど、無邪気な子供ではなかった。たとえ、彼にとってのわたしが未熟な少女にすぎないのだとしても。 「時間があるならぼくの思い出ばなしをきいていかない?」  彼のブラウンのひとみが、ミルクを溶かしたコーヒーのように甘く緩む。 「それって恋のはなしでしょう?」  彼は黒髪をさらりと揺らして、ひとつ頷いた。わたしはあなたがすきだというのに、あなたはあなたの恋のはなしをするという。恋する乙女になんという狼藉か!罵ってやりたかったけど、怒る気にはなれなかった。彼を責めるにはわたしはリアリストすぎたのだ。  とっくに叶わない恋と知っていた。わたしが半ばあきらめながら、それでもどうしようもなく彼をおもってきたこと、おそらくは彼も察していたに違いない。彼は生徒から向けられる感情を正しく受け止める大人だったから。 「最後だから?そんなはなしをきかせてもいいって、そう思ったんですか?」  そうかもしれないし、ただ話したくなっただけなのかも。そう呟くように言って、彼は再度問うた。 「どう?きいていく?」  わたしは静かに首を縦にふったのだった。このとき先生に恋するわたしの繰り出したパンチは恋バナが好きで好奇心旺盛なわたしにかわされ、それどころか反撃をくらいノック・アウト。そうであったに違いない。自身が傷つく近い未来が手に取るようにわかるくせに、それでも、それ以上にかれの歴史のひとつを教えて欲しかった。わたしはすきなひとのことならどんな些細なことも知りたい。恋する乙女とはきっと、そういういきものだった。
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